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FIWC 第二期 唐桑ワークキャンプ 事前確認資料(公開版)

キャンプ参加する人は必ず、心構えとして以下の資料を必ず読んでお越し下さい。

キャンプ参加への基本準備

心得

「唐桑を元気にする。」
これを目的に日々活動しています。
「危険なことが起こり得る。」
大きめの余震が今も続いています。ドンッ!グラグラ・・・で、夜中でも起こされます。
また、作業を行う場所は主にがれきだらけの場所です。危険はできる限り避けて活動をしていますが、怪我をする可能性があることを常に意識してください。
肉体的に負担がかかる作業から負担の少ない送迎の仕事や「お茶」まで様々な仕事があります。自分に適した作業を他のキャンプメンバーに伝えましょう。
また、活動をするときはひとりで行動せず、必ず2~3人で行動して下さい。
様々な状況を覚悟してください。
「振る舞いに気をつける」
現地で活動するにしたがって、被災者の方々と気持ちがつながるのは自然な心の動きですが、被災者を勝手に代弁するような言動は慎みましょう。
「時間厳守」
1日の流れはみんなの時間です。
出席するならば必ず時間通りに参加してください。遅刻または欠席する場合は遠慮せずにリーダーに報告してください。
「積極参加」
「自分の頭で考えて行動すること」をFIWCのモットーとして、大切にしています。
それによって、誰もが作業中に意見を遠慮なく言い、安全で効率の良いものとなります。
また、ミーティング中も考えていることを発言することで周りの人も理解でき共同生活の意味を深めていくことができます。
「長所を活かす知恵を使う」
やりたいこと・できることとできないことを自分自身把握し、周知させることで気持ちよく作業できます。
「好きにやる」
休みを含め、リーダーと相談しながら自分のペースで活動しましょう。
「責任感ある行動を」
 無責任な言動によって、FIWCだけでなく、他のボランティアも現地で活動できなくなる可能性があります。
  ボランティアを迷惑だと感じる現地の方もいます。それを踏まえた活動をお願いします。
「自己紹介」
現地で働く前に必ず自分の紹介を頭に入れておき、適した場面では自主的に自らを紹介しましょう。
「被災地のプライバシーを意識する」
がれきも人の思い出のつまったカケラです。無神経に扱わないようにしましょう。また、現地を必要以上に撮影しないでください。例えば、避難所は現地の方の生活スペースであり、プライベートな空間です。
「Cフォーメーション」
開かれた会を意識しています。
Oの字型(閉鎖的・固まって隙間がない状態)で集まって話すのではなく、Cの字型(開放的・隙間をあけるなど)のように誰もがその場に話しこめるような体制でいましょう。人々が和める環境作りを意識してください。

持ち物

※鞄ひとつにまとめてきて下さい。宿泊施設内は置き場があまりないため、荷物が多いと迷惑になります。
※また、支援物資などの持ちこみも、不必要になる場合がありますので、ご遠慮ください。

持ち物リスト

  • 作業服上下(つなぎ)※1(下記写真参照
  • 作業用手袋 ※2(下記写真参照)
  • 作業靴 ※3(下記写真参照)
  • 分厚いゴム手袋(台所用のような薄手のゴム手袋ではなく、作業用のものです)
  • 雨具、レインコート、傘(雨天時、屋外作業は原則中止になります)
  • 長袖Tシャツ
  • 半袖Tシャツ
  • 下着
  • 靴下
  • 腰袋(常に持ち歩けるもの。以下の物が入る大きさで)
     -ボールペン
     -油性マジック
     -メモ書きノート
     -貴重品
     -携帯
    ※貴重品は常に自己管理でお願いします。
  • 懐中電灯
  • 名札(首から下げるタイプ。名札に以下のものを必ず入れること) -保険証のコピー
    -顔写真のある身分証明書のコピー(免許証や学生証など)
    -どこかに血液型、緊急連絡先を明記すること
    ※ 万が一のとき身元確認ができるためのものです。なので、お風呂の時以外は寝る時も付けてもらいます。
    作業中は邪魔なので服の中に入れましょう。
  • 腕時計
  • 寝袋
  • タオル 小(汗ふき用)
  • タオル 大(バスタオル)
  • 日焼け対策(日焼け止め、化粧水など)
  • 衛星用品(洗面用具、歯ブラシ、歯磨き粉など)
  • マイ箸
  • タンブラー、又は水筒
  • 常備薬

    ~以下は今のところ現地で貸出可ですが、ご持参出来る方は持ってきて下さい~
  • ヘルメット
  • 安全ゴーグル

装備写真

格好が大事です。 1つは、安全対策のため。もう一つは、「災害支援であると周囲に分かってもらう」ためです。窃盗団、被災地野次馬が多い中、私たちは災害復興支援のために来ているボランティアです、と示すことが活動を円滑に進める上でとても重要です。普段は外から人が来るようなことのない町です。作業中でなくとも、常に地元の人に見られているという意識も重要です。

サイズはぴったりのものにして下さい。 一般的な軍手は絶対ダメです。 ゴムでコーティングしてある作業用の丈夫なもの、もしくは皮手袋を用意してください。(豚の皮手袋などが、作業道具専門店などで600円程度で売っています。)

スニーカーは絶対ダメです。底の丈夫な靴にしてください。 ガラス、釘だらけです。また、よく滑ります。手に入れやすいものだと、登山用シューズなどがおススメ。防水効果も期待できます。 普通の長靴はアウトです。底が弱すぎます。

生活環境

宿泊施設

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FIWC唐桑キャンプのプレハブ(10名まで宿泊可能、電気・水道あり)を中心にキャンプ参加者は宿泊します。
また、キャンプ参加者の人数が多い場合、別の宿泊場所(電気なし・水道あり)を利用していただくこともあります。

炊事・洗濯

炊事はプレハブにて自分達で自炊します。毎日食事当番を設けます。
洗濯はプレハブにて可能です。

インターネット環境

今現在、インターネットの開設を申請中です。必要な場合は、ご自身でご用意ください。
※DoCoMo社のインターネットサービスはつながります。Emobile社はつながりません。

一日の流れ(例)

6:00 起床
7:00 朝食
8:00 ミーティング、出発
8:30 作業開始
12:00 昼食
13:00 作業開始
16:30 作業終了
17:00 夕食
18:00 ミーティング
18:45 風呂・自由時間
22:00 就寝準備

唐桑でやってきたこと

3/23に現地入り。活動当初は「いきなり来た人に何も頼めるわけない。ほっといてくれ。」と言われたこともあったが、地元の人とワークを通じてしっかり向き合う一日一日の積み重ねにより、信頼されるようになった。
そうして築いた信頼関係の中で、様々な仕事が(ワーク・イベントなど)依頼されるようになっている。
・ワークは、ガレキ撤去作業から、水汲み、土嚢出し、食器洗い、家庭教師「お茶」などを行う。
・イベント開催(避難所となっている障害者施設・高松園でお祭り開催)
・唐桑に住む方たち(唐桑人・からっと)も巻き込み、一緒に活動している。
活動が地元の人との信頼関係の中で継続できているからこそ、信頼を裏切らないことが一番重要!!!
信頼を裏切るような行動はしないこと!!!
<補足・第二期でやってきたこと>
FIWC以外で唐桑に来ているボランティア団体と情報共有可能なネットワークを築き、FIWC加藤と栃木ボランティアネットワーク上田が代表を務めることとなった。
→ボランティアネットワーク名「唐桑ボランティア団」

唐桑キャンプの流れ

第一期 唐桑ワークキャンプ:2011年3月23日~5月8日
現地リーダー 吉田亮輔
 第二期 唐桑ワークキャンプ:2011年5月8日~8月6日
 現地リーダー 加藤拓馬
 第三期 唐桑ワークキャンプ:2011年8月6日~9月19日
 現地リーダー 加藤拓馬
 各キャンプリーダー 募集中

活動地域

宮城県気仙沼市唐桑町

唐桑町(からくわちょう)は、宮城県北東端に位置する太平洋に面した町。
2006年に気仙沼市と合併。
人口:約8000人
地形:宮城県の北東端に位置する唐桑半島にある。陸前高田市と隣接する。
リアス式海岸が続き、明治、昭和の大津波を経験する。
気仙沼市街からの国道45号線(唐桑トンネル)が開通するまでは、陸の孤島であったと言っても過言ではない。
主な産業:漁業。遠洋マグロ漁業で栄えた町で、「唐桑御殿」と呼ばれる立派な家々が並ぶ。
しかし、この度の地震でその多くが倒壊。
課題:小学校が3つ、中学校が2つあるのみで、高校生以上の若者の都市部への流出が進む。過疎化と人口減少が課題。
風土:よく耳にするのは、奥州特有の閉鎖的な風土。
余所者に対しては心を開きにくいが、逆に団結力が強く、一旦親睦を深めると強いなど。

被災の状況

  • 死者数 66名
  • 行方不明者 40名
  • 被害家屋数 550~600戸
  • 避難所開設数 7箇所
  • 避難者数 427(5/23現在)
  • 今回の震災で特に被害を受けた行政エリアは、宿、舞根(もうね)、鮪立(しびたち)、只越(ただこし)、大沢。

FIWCが唐桑でワークキャンプを始めた経緯

FIWCと唐桑とのつながり

ハンセン病快復者の宿泊拒否が相次いだ1960年代、FIWCはハンセン病快復者のための宿泊施設「交流の家(むすびのいえ)」を奈良市に建設しました。 その当時、岡山県の国立ハンセン病療養所愛生園から多くの快復者の方々を引き連れ、共に建設キャンプをしたのが唐桑出身の鈴木重雄氏でした。 重雄氏はその後唐桑町に戻り、1973年当時にハンセン病快復者であることを公表して、町長選挙に出馬。FIWCも選挙活動に応援に駆け付けました。結果は僅差で敗戦。 その後、重雄氏は社会福祉法人洗心会を立ち上げ、知的障がい者施設を運営し、唐桑の地域福祉に多いに活躍。 鈴木重雄氏が亡くなった今でも、洗心会の常務理事である馬場康彦氏とFIWCのつながりは続き、この度そのつながりのもと、FIWCが唐桑の復興支援に入った。

故 鈴木重雄さんについて

鈴木重雄氏は、東京商科大 (現 一橋大)の学生だった昭和 10年にハンセン病の宣告を受ける。
故郷には外国に亡命するという内容の手紙を送り、自殺のための放浪の旅に出るが死にきれず、愛生園に入園。園内では偽名の「田中文雄」として30年を過ごす。
氏は在園当時から故郷唐桑の発展のために活動し、国立公園編入、国民宿舎の誘致などでは、愛生園在園時に自治会活動の リーダー として培った厚生省の人脈などのパイプも生かして、蔭ながらたいへんな貢献した。
また、鈴木重雄氏は、FIWC関西が活動していた「交流 (むすび)の 家※」を建設するワークキャンプに、岡山のハンセン病療養所・長島愛生園からリーダーとしてたくさんの在園者を引き連れて参加していた。時には、キャンパーとともに、大手企業に勤める大学時代の友人を訪ねて多くの建設資材の協力要請をしたり、FIWCキャラバン隊のトラックで全国を駆け巡り、各地で建設資金カンパとハンセン病の正しい理解を訴えてきた。
社会復帰したあとには地元の唐桑町長選挙に町民の熱い要請をうけて立候補。結果は惜しくも破れたが、「らい快復者」 として選挙を闘ったことは日本のハンセン病者の歴史においても特筆すべきことであった。
「洗心会」は選挙の後に鈴木氏が設立した社会福祉法人で、唐桑や気仙沼で知的障害者入所施設 「高松園」 「第二高松園」、通所施設「夢の森」ほかいくつかの施設を運営している。